兵庫県明石市にある市内の旧家から、昭和期の日中戦争(1937〜45年)に兵士が妻や家族へ送った手紙・はがき、あわせて300通以上にのぼる“軍事郵便”が見つかりました。
これらは整理作業の中で偶然発見されたもので、現在、関西大学と明石市が協力して内容の調査を進めています。
今回の発見は、戦時中の地域住民と兵士との「銃後(ちゅうご)」のつながりを浮かび上がらせる貴重な資料です。
発見の経緯
報道によると、旧家の当主宅に保管されていた封筒やはがき類が、整理中に「出征兵士からの手紙」として多数確認されたものです。
中には、慰問袋のお礼や家族の日常を案じる文面が書かれており、送り主が戦地にいる兵士、受け手が地域の“銃後”を支えた家族・村落リーダーだったことが読み取れます。
調査の目的と意義
この資料調査に際して、関西大学と明石市は以下のような目的を掲げています:
- 当時の兵士・故郷の家族・地域住民の心情と暮らしを可視化する
- 戦時中の郵便文化・通信手段としての軍事郵便の在り方を学術的に整理する
- 地域史・戦争史を通じ、今を生きる私たちが知るべき「銃後」の記憶を共有する
郵便資料館でも「軍事郵便」が戦地と故郷を結んだ貴重なコミュニケーション手段であったことが指摘されています。
手紙から見えるもの
たとえば、ある手紙には「皆様のおかげで元気に務めております」「家のことは心配せず努めます」といった送り言葉があり、文章には村落・地域の温かい配慮がにじんでいます。
こうした文面は、戦争の最前線に身を置く兵士と、日々“銃後”として支えた地域社会とを、手紙という形で静かに結びつけていたことを示しています。
発見された手紙・はがきの一部は、11月25日から市内博物館で特別展示が予定されています。
興味のある方は、足を運んでみる価値のある機会です。
まとめ
旧家から発見された300通を超える軍事郵便は、ただの文書ではなく、戦時という状況の中で兵士・その家族・地域住民が交わした“日々”の痕跡です。
こうした資料を現代へ引き継ぐことは、戦争の記憶を曖昧にせず、未来の世代へ問いをつなぐ大切な行為と言えます。
明石にお住まいの方はもちろん、地域文化や戦争史に関心のある方は、ぜひこの展示で“手紙の声”に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。



